また着たい (もう着ることはない)

2011

Variable Size

空間中央にチマチョゴリの制服(最後の卒業生のもの)生徒用デスク、生徒用イス、北朝鮮の本(金日成・金正日の著作)の上にチマチョゴリの制服(最後の卒業生のもの)壁面にチマチョゴリの制服(友人のもの)・色鉛筆(グリーン)・水彩(グリーン)

© Nakamura Tomomichi

衣装協力: 朴華蓮、みさ

記憶と風景のアートプロジェクト @旧朝鮮学校: チマチョゴリを使用した、3 組作品

 (中央)浮遊する私たち:

制服としての素のチマチョゴリ。どのようにも見られる、判定される側の私たち

 

 (壁面)受け身の私たち:

負のイメージとしての立ち現われる、チマチョゴリへの眼差し。的としてのチマチョゴリ。

そういった社会のネガティブな眼差しは、ネガティブな帰属意識の悩みとしてあらわれる(伝染する)

異者である在日は、「もしかすると切ったらミドリの血(別の色の血液)が出てくるのかもしれない」という

一節を昔、本で読んだ記憶がある。 

 

(机上)歴史のなかのチマチョゴリ:

   史のレイヤーの上に、たたまれたチマチョゴリ。

   つて学校にあった、仰々しく映る平積みされた革命の歴史本(伝記)その上に役目を終えたチマチョゴリ。一度も手に取られずにあった革命の本、いまの実生活との間にある埋めがたい乖離。

  その本に在日の未来は書かれてあったのか。休校した朝鮮学校にもう誰も通わない。チマチョゴリの出番もない。また着たいと思う。でももう着ることはない。